千年先を想う
I imagine 1000 years ahead.

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伊藤 潤一 / いとう じゅんいち
書家・アーティスト
1986年12月19日 三重県出身 / 皇學館大学社会福祉学部卒業
國立・故宮博物院国際正会員
日本デザイン書道作家協会会員

みえの文化びと / 三重県文化賞新人賞(2017)
東久邇宮文化褒賞(2018) / 東久邇宮記念賞(2019)

2007年3月、一人の書家との出逢いをきっかけに、筆と墨を使った表現活動を始める。
ストリート時代を経て、現在では創作活動をはじめ、店舗看板やパッケージデザインなども数多く手掛け、他ジャンルとのコラボレーション、ライブパフォーマンス、トークライブ、個展などカタチに捉われないスタイルで活動を展開。 2013 年からは活動の舞台を海外にも広げ、国境を越えた文化の力を発信中。 フランス、イタリア、スイス、台湾など、世界主要都市にも実績があり、台湾では世界三大博物館のひとつ「國立故宮博物院」より、日本人で初めて国際正会員として認定される。

その後、2015年開催のイタリア・ミラノ国際博覧会へも参加し、2016 年には主要国首脳会議(G7伊勢志摩サミット)配偶者プログラムにてディナー会場の演出も手掛ける。 2017年、F1日本GP公式タイトルロゴデザイン担当。
それまでの実績が認められ、2018年には民間最高の褒賞と言われる東久邇宮文化褒賞を受賞。 和の精神、日本文化の探求を軸に、寺社仏閣への奉納を通し、世界に日本文化と思想を発信している。

経歴 / Biography

2007年3月筆と墨を使った表現活動を始める
2008年7月三重県内にて初個展
2013年10月清水寺・古と優艶の書画展
2013年11月スイス・モントルーアートフェア
2014年5月永遠の朋友展(台湾・中正記念堂)
2014年6月台湾・國立故宮博物館国際正会員認定
2014年10月国際平和美術展(パリ・ユネスコ本部)
2015年3月みえの文化びと 登録
2015年9月ミラノ国際博覧会公認「JAPANESE ART TASTING EXPO 2016」(イタリア・ミラノ)
2015年10月個展「阿吽」(重要文化財・赤井家住宅)
2016年5月主要国首脳会議(G7伊勢志摩サミット)配偶者プログラム夕食会会場 装飾・演出
2017年2月2017 FIA F1世界選手権日本GP タイトルデザイン
2017年3月個展「イノリ」(重要文化財・棚橋邸)
2017年5月三重県文化新人賞受賞
2017年9月三重縣護國神社 作品奉納
和歌山縣護國神社 作品奉納
2018年3月橿原神宮 作品奉納
2018年4月塔世山 四天王寺 作品奉納
橿原神宮 神武祭演出
2018年7月三重県護国神社万灯みたま祭 書画奉納
松阪神社 作品奉納
御厨神社 作品奉納
八雲神社 作品奉納
松阪市 作品寄贈
2018年8月The Contest in New York
ジャポニズム2018公認「世界平和の祈りinパリ」
2018年10月ブリュッセル国際コンクールSAKEselection演出·出演
2018年11月東久邇宮文化褒賞受賞
2019年4月東久邇宮記念賞 受賞
2019年6月ロシア・ノヴォシビルスク
2019年7月三重県護国神社 万灯みたま祭 書画奉納
靖国神社 みたままつり 雪洞奉
2018年9月Cebu International Art Fair
2019年10月個展「祈り」(外宮参道ギャラリー)
日英交流年 UK in Japan アーティスト・イン・レジデンス
2019年11月波切神社 作品奉納
2020年4月頭之宮四方神社 コロナウイルス鎮静祈願祭 奉納
2020年5月浄土宗・正東寺 物故者追善法要式 奉納

メディア掲載歴 / Media

<テレビ> NHK / メ〜テレ / 中京テレビ / 三重テレビ / 松阪ケーブルテレビ / 四日市ケーブルテレビ / ZTV
<新聞> 読売新聞 / 朝日新聞 / 毎日新聞 / 中日新聞 / 伊勢新聞 / 東海経済新聞 / ふるさと新聞 / 夕刊三重 / 岐阜新聞
<ラジオ> FM三重 / FM四日市 / 他ネットラジオ
<ウェブ> ダイヤモンドオンライン / お伊勢さんクラブ / 他多数


「書」との出会い

2007年に「書」と出会い、すごいスピードで時が流れました。思えば、あの時の出会いは確かなものでした。「アート」とは…「書」とは…
よく聞かれることですが、正直僕にもわかりません。
ただ、今の自分が言えるのは、「こころで繋がるためのツール」だということ。
僕たちは日頃、言葉を使っているけれど、それは国によってまちまちで、必ずと言っていいほど、いつもの言葉ですべての人に想いを伝えられるものではありません。
実際に、海外でたくさん経験をさせてもらってはいるものの、未だに英語は流暢に話せないし、日本語以外の言語はまったく習得できていません。
もちろん、つたない英語や身振り手振りで想いを伝えられることはあります。
そういう意思疎通、コミュニケーションの手段はあるにしても、そういう部分において少し疎い方なのかもしれないと思う瞬間があります。
だから伊藤潤一の「人生」に「アート」が存在するんだと思わされます。
コミュニケーションのツールのひとつとして、僕には、長い歴史の中で培われ、育てられてきた「書」というものとの「出会い」がありました。
それは偶然なのか、運命なのか、そんなことはわかりませんが、この「書」という日本の代表的な文化をここまで育て、繋ぎ止めてきてくれた先人たち、諸先輩方には感謝しかありません。
それと同時にこのバトンを受け取った以上、責任ある行動を心がけたいとも思っています。
でも、アートは特別のものではないし、決して特別な、特定の人のためだけの娯楽ではありません。
人が人としてつながるための、心と心をつなぎとめるための、目に見える世界と目に見えない世界をつなげるための、大切なツールのひとつになり得ると考えています。
その証拠に、どこの国の人とも、どの言語を使う人ともつながれる瞬間がある。
僕はそれをこの数年で確信に変えてきました。
遠い遠い古来から幾千の時の流れを経て、多くの人々の祈りのエネルギーが今の僕の作品になっています。
だから作品を前に言葉はいらない。祈りこそがその作品そのものであるから。
そんな作品を前に思わず手を合わせたくなる瞬間をつくりたい。
そういう瞬間であふれる世の中にしたい。
たくさんのスピリットが宿る、あったかくて心を震わせるような作品をつくりたい。
「書」との出会いは僕の心をここまで育ててくれました。

「マツル」ということ…

書家として活動を続けて10年を超えたころ、僕の書は「捧げるもの」だと気づきました。
それは個人の幸せのためであったり、イベントの成功のためであったり、お祭りであったり。
そのどんなときにも人々の想いや祈りを、「書」にこめて奉納してきたんだと、今は思っています。
古来から日本人が大切にしてきたものに「奉る」という精神があり、今では、「書」のすべての所作は「日本」という精神の根幹にあって、「神事」だと思っています。
そして様々な芸事を体験、体感することを通して、「芸」というものは本来、神様へ「平和」を願い、捧げるものであり、人類への、
そして宇宙全体に対する敬意と感謝であるという自らの見出した答えこそが、「神事」だという事の裏付けとなりました。
そんな日々の活動で浮かび上がってきたイメージが「超越した存在」と人々が「ひとつになる」ことでした。

ふと、祈りや想いを奉納するために僕という人間が使われているんだと感じることがあります。
そしてそのことに気づいたとき、僕の中に渦巻いていた行き場のない感情が晴れ、腑に落ちました。
過去の自分やその葛藤と自らを語らい、言葉を重ね、自分をつきつめてさらに自分になっていく感覚。
そしてそれを表現していくと、その表現は「神」になる。
とにかく自分を表現し続けるとそこに「神」が宿る。
だからこそ、これからも僕の書は、祈り、捧げ、「ひとつになる」ための神事であり続けたい。

与えられた使命…

その使命を全うするため、寺社仏閣への「奉納」を行なっています。
実際に寺社へ出向き、神様や仏様、歴史という時間に心を向き合わせ、感じ、筆をおろします。
歴史の証人者であり、今までの長い長い歴史を守り続けてきた場所だからこそのエネルギーがそこにはあります。
日本人は、長い長い歴史の中で、交わり、混ざり合い、様々な文化、信仰を融け合わせてきました。
武士道、神道、仏教、禅、他宗教、そのすべてを「日本の文化」のひとつとして混ぜ和わせてきました。

「和の精神」は日本人が自然の摂理から導き出した、世界に通用する普遍的な考え方だと思います。
この活動を通し、私は世界に対し「和の精神」も伝えていきたい。
「和の精神」とは、単なる「日本らしさ」ではなく、日本で古来から培われてきた「和える」力のことだと思います。
混ざり合うことで「和」が構築され、それが成立する。
それは「日本人」という枠ではなく、「日本的な」という概念だけでもなく、世界中の「和」を愛する人たちの力であって、この力は世界中に多く存在しています。
単に日本文化を発信しているのではなく、世界中に存在する「和の精神」とジョイントするために「書」を通し、「和」を探す旅をしているような気がします。

千年先へ…

これまでがむしゃらに走り続けてきた10年は、「今」という時間を経て、これから先の10年へと繋がっていきます。
そしてそれは、100年先、1000年先への「奉納」でもあります。
先人たちが今の僕たちにたくさんのものを残してくれたように、僕もこれから先の誰かに何かを残していける存在でありたい。
今を生きる「責任」として、本気でそう思うようになりました。
何百年前の、もしかすると1000年以上も前のものが今なお生きていて、間違いなくこの時代に温もりを残しながら呼吸をしている。
いつかはるか先の時代で、自分のつくりだしたものもそういう存在として、こ
時代の空気と共に温もりを伝えられたらこれ以上に幸せなことはありません。

「書」とは何か。
1000年先まで残る「墨」 そこには一体何が宿るのか。
1000年先も朽ちることのない和紙、それは一体何を伝えようとしているのか。
それの探求こそが「これから先」の自分が成し得たい事の礎になると信じ活動しています。
そして、もし仮に作品に1000年先まで残るポテンシャルがあったとしても、1000年先の世界が、平和で、愛のある世界でなければ、そこに作品が存在する意義がなくなります。
そう思うと、1000年先を想い、1000年先の世界の平和を祈ることがこれから先の活動の軸になるような気がしています。
その想いで、僕は自らの人生を賭けて「奉納」を続けていきます。